大判例

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大阪高等裁判所 平成元年(ラ)513号 決定

再抗告人

一川やへ子

右代理人弁護士

鍛治富夫

相手方

株式会社クレセント・リース

右代表者代表取締役

堀田啓次郎

主文

原決定中再抗告人に関する部分を破棄し、右部分につき本件を神戸地方裁判所に差し戻す。

理由

再抗告理由について

一原審は、記録に基づいて以下の事実を認定している。

(一)  本件訴訟は、相手方が原審相手方一川克弘(以下「克弘」という。)及び再抗告人に対し、相手方が克弘及び再抗告人を連帯債務者として締結した金銭消費貸借契約(以下「本件契約」という。)に基づいて貸付けた貸金元本及び利息等を連帯して支払うことを求める訴訟であるが、再抗告人は、本件移送申立の理由中において、本件契約は克弘が再抗告人に無断でしたものであるとして、再抗告人が相手方と本件契約を締結したことを否認し、相手方の強硬な督促を受けて克弘のために本件契約に基づく債務の一部を代払したことはあるが、自己の債務を承認したものでないと主張している。

(二)  本件契約は、克弘が相手方富山支店において相手方の用意した契約書に自己及び再抗告人の氏名を記載して締結したものであるが、右契約書には「債務者が債務不履行の場合には、本件に関する訴訟は債権者の本店所在地の管轄裁判所の審判を受くべき旨合意いたします。」との文言(以下「本件管轄条項」という。)が不動文字で記載されていた。

(三)  その後、本件契約に基づく貸金債権は相手方富山支店から神戸市に所在する相手方本店に移管され、相手方富山支店は閉鎖された。

(四)  再抗告人は、本件契約後相手方の督促に応じ、数回に亙って相手方本店宛に本件契約に基づく克弘の債務を立替弁済したことがあった。

二原審は、右事実に基づき、本件訴訟の請求金額からその事物管轄が簡易裁判所に存することを前提として、次のとおり判断した上、相手方の抗告を容れ、相手方が神戸簡易裁判所に提起した本件訴訟を高岡簡易裁判所に移送するとの原々決定の全部を取り消し、再抗告人の本件移送申立を却下した。

(一)  克弘は、本件契約締結に際し、右契約に関する訴訟は神戸簡易裁判所を管轄裁判所とする旨の合意(以下「本件管轄の合意」という。)をしたものであり、かつ本件管轄の合意は同簡易裁判所のみを管轄裁判所とするいわゆる専属的管轄の合意であると解される。

(二)  再抗告人については本件管轄の合意もしくはその追認をしたものと認めることはできないが、本件訴訟における相手方の請求は克弘及び再抗告人の本件契約による連帯債務関係に基づくものであるから、民事訴訟法第二一条により、本件管轄の合意に基づき相手方の克弘に対する請求(以下「甲請求」という。)について管轄権を有する神戸簡易裁判所は、相手方の再抗告人に対する請求(以下「乙請求」という。)についても管轄権を有する。

(三)  そして、専属的合意管轄のある場合においても、訴訟の著しい遅滞を回避するという公益的な必要があるときは、民事訴訟法第三一条により訴訟を他の法定管轄裁判所に移送することができると解されるが、本件においては甲請求及び乙請求のいずれについても右公益的な必要の存在は認められない。

三しかしながら、原審の右判断のうち、相手方と克弘との間に本件管轄の合意が成立し、右合意に基づき神戸簡易裁判所が克弘に対する甲請求について管轄権を有するとの部分及び民事訴訟法第二一条により甲請求について管轄権を有する同簡易裁判所が再抗告人に対する乙請求についても管轄権を有するとの部分は正当であるが、本件管轄の合意が神戸簡易裁判所のみを管轄裁判所とする専属的管轄の合意であるとの部分及びこれを前提とする原審の判断は是認することができない。

すなわち、

(一) 訴訟当事者のした管轄の合意が、合意された裁判所のみを管轄裁判所としそれ以外の法定管轄裁判所の管轄を排除する、いわゆる専属的管轄の合意であるのか、あるいは法定管轄裁判所に合意された裁判所を付加してその管轄をも認める、いわゆる付加的管轄の合意であるのかは、それが合意の文言上明らかでない限り、当該合意を合理的に解釈してこれを決する外はないところ、管轄の合意が経済的に優位な一方当事者の便宜のためになされる場合が多いこと、専属的管轄の合意は合意された裁判所以外の裁判所の法定管轄権をすべて排除し、当事者の一方に訴訟上重大な不利益をもたらすものであること、及びこのような不利益はできるだけ少なくしようとするのが当事者の普通の意思であること等を考えると、合意された管轄が専属的か明らかでない場合には、通常は付加的管轄の合意がなされたものと観るべきであり、これを専属的管轄の合意と認めるには、法定管轄裁判所の中の一つを特定して管轄裁判所とする合意である等、首肯するに足りる特段の事情が存在しなければならないものと解するのが相当である。

しかるに、原審は、本件管轄条項に相手方の本店所在地の管轄裁判所を専属的な管轄裁判所とする趣旨の記載はないのに、本件管轄の合意を専属的管轄の合意と認めるべき特段の事情の存在を認定をすることなく、本件管轄の合意を専属的管轄の合意と判断しているのであって(尤も、相手方は原審において、本件契約に基づく債務は持参債務であり、相手方本店所在地を管轄する神戸簡易裁判所が義務履行地の裁判所として本件訴訟について管轄権を有するから、本件管轄の合意は専属的管轄の合意であると主張しており、もし本件契約に基づく債務の履行場所が本件管轄の合意成立当時から相手方本店であったとすれば、本件管轄の合意は法定管轄裁判所の一つを管轄裁判所とする合意であり、前記特段の事情があったものとする余地があるけれども、本件契約に基づく債務の履行場所が本件管轄の合意成立当時から相手方本店であったとの事実は原審の認定しないところである。)、原決定は、この点において本件管轄の合意の解釈を誤り、ひいては理由不備の違法を犯したものというべきである。

(二)  また、仮に本件管轄の合意が専属的管轄の合意であったとしても、相手方と克弘との間に成立した右合意の効力が合意の当事者でない再抗告人に当然に及ぶわけではなく、かつ本件管轄の合意によって克弘に対する甲請求について管轄権を有する神戸簡易裁判所が民事訴訟法第二一条により再抗告人に対する乙請求についても管轄権を有するからといって、その管轄が専属的管轄の性質を帯びるに至るものでもないから、本件管轄の合意が専属的管轄の合意であるか否かにかかわらず、再抗告人に対する乙請求に関しては神戸簡易裁判所は専属的管轄権を有するものではないというべきである。

従って、再抗告人が民事訴訟法第三一条に基づいてなした本件移送申立については、神戸簡易裁判所が同法二一条による通常の併合請求の管轄権を有するものとして、乙請求を同簡易裁判所から、再抗告人の蒙る著しい損害を回避するために他の管轄裁判所に移送する必要があるか否か、及び訴訟の著しい遅滞が生ずるのを回避するために他の管轄裁判所に移送する必要があるか否か、の二点について審理し、いずれの必要も認められない場合にはじめて右申立を排斥すべきこととなるのである。

しかるに、原審は、神戸簡易裁判所の乙請求についての管轄権が専属的管轄権の性質を有するとの前提のもとに乙請求についての民事訴訟法第三一条による移送は訴訟の著しい遅滞を避けるために必要がある場合に限って許されるところ、乙請求について右必要は認められないと判示し、再抗告人の蒙る著しい損害を避ける必要があるか否かについては十分な審理判断をしないまま、再抗告人の本件移送の申立は理由がないものとして、原々決定中再抗告人に関する部分を取消し、右移送申立を却下したのであって、原決定の右判断には民事訴訟法の管轄に関する規定の解釈・適用を誤り、ひいては理由不備の違法があるものという外はなく、右違法が決定に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由がある。

よって、原決定中再抗告人に関する部分を破棄し、右部分につき審理を尽くさせるため、本件を原審に差戻すこととし、民事訴訟法第四一四条、第四〇七条第一項に従い、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官中川臣朗 裁判官緒賀恒雄 裁判官長門栄吉)

別紙再抗告の理由

一 原決定は、明らかな法令の違背があるので取り消されるべきである。

二 原決定は、抗告人と相手方一川克弘との間に神戸簡易裁判所のみを管轄裁判所とする専属的合意管轄があることを認めるが、右は法令の解釈及び適用を誤っている。

三 専属的合意管轄であるといえるからには、法令管轄裁判所のうちのあるものを特定する合意でなければならないところ、原決定はこの点について、何ら判断せずに漫然と専属的管轄であると認めている。

あるいは、義務履行地の裁判所に該当するとの判断が前提とされているかもしれないが、本件のように本社が営業所から遠隔地にある場合、借主は本社までの持参債務として合意することはありえないので、神戸市は義務履行地といえない。

四 契約書第七条に専属的と記載されていないので、付加的合意管轄と解釈すべきであるのに、法律の解釈適用を誤っている。

五 契約書第七条には「本社住居地の管轄裁判所」と記載されているが、右契約書には神戸が本社であることを、相手方が認識できる記載は何もないので、神戸市について管轄の合意は認められない。

六 原決定は「訴訟の著しい遅滞を避けるため」という要件の解釈適用を誤っている。

原決定は、相手方やへ子や相手方代理人が神戸へ数回出頭すれば、交通費、日当、休業損害等は優に請求額を超過することは明らかであり、右決定は経験則に反すること大である。

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